半端な覚悟じゃ認めない
「機の満ちるを待て………か」
「強いては事を仕損じる、だね」
癒李と少し話しただけでなんとなく落ち着いた気がする。
俺達の出来る事なんて限られていた
芹香さんの話によると、最速の手段を用いても
どうしても準備に数日を必要とするらしい。
これはまだ出来て余り時間の経っていない
芹香さんの魔術用の離れに問題があるとの事。
魔方陣を書いて実質的に儀式を執り行う部屋の魔力不足。
霊的、魔術的な力として俗に呼ばれる魔力
溜める事に時間がかかり、とどめる事が難しい。
芹香さん曰く、留める事は可能だが
時空越えの転送をするには少々足らないとの事だ。
浩之さんの通っていた高校のオカ研の部室なら
足りる分の魔力はあったとの事だが。
オカ研の廃部と同時に部室も解体され
部室に留めて置いた分はその時に霧散してしまった。
先ほど『最速の手段を用いて数日』と言ったが、これは俺と癒李が
健太郎さんの所の魔力収集を早める鏡『集魔の鏡』の使用を提案したのだ。
この時、スフィーさんと健太郎さんを回線に召集して
事情と借りたい旨を話すと快く了承が貰えた。
イマイチ落ち着いて居られなかった俺と癒李は
その場で五月雨堂に強襲、鏡を借りて芹香さんの所へと飛んだ。
それでやっとこさ落ち付けたと思っていたのだが
これから数十分後には………
「「えぇえぇぇぇぇぇぇ !?」」
俺と癒李の大声が君吉家に響くのだった。
「２人の事、もう少し聞いてもいい？」
俺と癒李が叫び声をあげる事になる少し前
経緯としては癒李があさみとあゆみに投げかけたこの一言だった。
俺も癒李も未来での２人の生活には興味があった。
言いたくない事は答えなくて良いからと言ったが
２人は色々と未来での自分達の生活を語ってくれた。
趣味や学校での事、そこまでくれば
自然と話が恋愛関連の話になるのは必然だった。
「２人って恋人っているの？」
「いるよ」
「うん」
癒李が発した質問に対して
娘から返ってきた答えは２人とも同じだった。
「２人とも恋人持ちか………相手の顔が見た見たいもんだな」
「見るも何も目の前にいるじゃん」
「「………はい？」」
―――今、なんて言っただろうか
「ど、どういうこと？」
俺が声を発する前に癒李が口を開いた。
俺と同様に思考停止状態から無理やり出した声は
少々言葉のはじめが詰まってしまっていた。
「「だから、私達の好きなのは………」」
娘２人が口を揃えて言うとお互いを指差した。
―――ここで先程の大声となる訳だ。
「あさみとあゆみの関係は姉妹であるけど、同時に恋人同士なんだな？」
「「うん」」
答えると同時に首を縦に振る２人。
先程までの質問って雰囲気ではなく
君吉家の居間は娘２人の尋問中となった。
「付き合いだしたのは、いつから？」
「中学卒業前だね」
「だったね、それくらいからだったね」
先程の質問攻めの時に１８歳だって言ってたから
大体、付き合い始めて３年か………
「えっと、言い難いなら良いんだけど、２人の関係ってどこまで………」
癒李が申し訳なさそうに尋ねる、微妙に頬を赤くして
言葉の後半になるにつれて声が弱くなっていく。
まぁ、なんていうか言い出し辛いのは解る気がする。
「仲の良さならパパ達にも負けないよ
あゆみとの関係………この辺は現在のパパ達よりも進んでるね」
「「えっ ！」」
癒李と一緒に思わず声を上げる。
俺達よりも進んでるってのは………
「あさみとは告白し合ってから、体が火照った時とか慰めあってたし
高校入った辺りでお互いに処女捧げたね」
「「えぇっ !!」」
聞きにくかった事をサラリと言ってくれて
俺と癒李はまた驚きの声を上げる。
性について知識があってからの告白だと
こっちの方が自然なのかもしれない。
俺と癒李の場合、知識のない頃からの付き合いで
そういう事を学んだ後からだとお互いに気にして手を出せなかった。
だからこそ、癒李も俺も肉体関係に至るのには随分と後だった。
―――実際には俺が逃げてただけな様な気がするが。
「しょ、処女捧げたって………」
癒李が明らかに動揺しながら喋る。
顔は真っ赤だし、表情はあたふたしてるし
落ち着かせないと………自分の想像だけでオーバーヒートしそうだ。
「別に男の人が嫌いって訳じゃないんだよ」
「最初はパパ達のやってる事をマネしただけだったけど
気がついたら誰よりもあゆみの事が好きだって気づいて告白したんだよね」
「それの何日か前からあさみの様子が少し変わったんだよね
いつも私に視線が来てて、気づいて振り向くとサッと目を背けたり、避けたりしてて
何でか解らなかったから嫌われたのかと思って寂しい思いしてたんだよ」
お互いにタイミングでも取り合っているのだろうか
交互に話を続ける、２人の間で回線を開いてるのか
それとも長く付き合いから来る呼吸を合わせたものなのか。
なんとなく、やってる事は俺と癒李に近いのかもしれない。
「処女捧げたってのだって、付き合う事への覚悟としてしたみたいなものだったね」
覚悟………常識的に考えれば女性同士が付き合うなんて
間違っているなんてのは言われなくても解ってる事で
それに反してでも一緒に居たい、愛し愛されたいって覚悟をしたのだろう。
「そうか……覚悟か………」
息を吐き出すと一旦体から力を抜いてソファーに体を預ける。
―――２人に覚悟があるってのならこれくらい
「それなら、俺も試させて欲しいな２人の覚悟ってのをっ！」
大きく息を吸い込んで強い言葉で後ろの方は叫び
俺は勢い良くソファーから立ち上がる。
それにあわせて、力を人型が保てるギリギリまで解放する
普段の様に力を制限する程度ではなく、一瞬でも気を抜けば外見の変化が及ぶ直前まで。
「俺や癒李が何て言おうと、力に訴えようとも
もし、この世のあらゆる物を相手にしても構わねぇって覚悟はあるんだろうなっ !?」
俺の形相は随分と酷い物だろう、隣の癒李ですら震えてる
それよりも辛いのは目の前の２人だ。
下手な事をしたら俺は目の前の人間２人を手にかける気でいる。
そんな殺気を浴びてるのだ
目を見開いたまま血の気の失せた顔を逸らす事も出来ない。
ただ、２人で身を抱き寄せて震えていた。
「もう１回言う、この状況下で言い返せるほどの覚悟かっ！」
「「………………」」
目の前の２人は言葉なく俺を見つめたまま震え続ける
「声も上げられないのかっ！」
「………………」
「………………っ！」
一瞬、あゆみの口元が微かに動いて、奥歯を噛み締めた。
「………い…るよ」
恐怖で上手く動かない口を動かしてあゆみが声を上げた。
それと同時に俺を怯えた瞳で見るしか出来なかったあさみが
一度、強く目を閉じてから強い眼差しを俺に向けた。
「言えるよ！」
あゆみが今度は力強く、確かに聞こえる様に叫んだ。
「どうなろうと………どうなろうと、私はあさみの事を愛してみせるっ !!」
「絶対にあゆみから離れないっ !!」
あさみも負けじと声を張り上げる。
「………奏ちゃん、そこまでだよ」
いつの間にか立ち上がっていた癒李に肩を叩かれ
力の開放をやめるよう促される。
「あぁ」
力の解放をやめ、ソファーに再び腰を下ろした。
娘２人もそれでやっと殺気から解放されて
ソファーにクターっとヘタレ込んだ。
「あの状態の奏ちゃんにそれだけ啖呵切っれたんだから
その覚悟、私も奏ちゃんも応援させてもらうよ」
ヘタレ込んだ娘２人に癒李が２人分の意見を述べてくれた
癒李から目配せで『文句ないよね？』と俺に一言。
「あぁ、勿論」
２人を殺す気で叫んだのを押し切る程の啖呵は確実に受け取った。
「さぁ〜て、さーちゃんとゆーちゃんはお風呂行ってきなさい」
「「………ふぁ〜い」」
癒李に言われると２人は顔を見合わせると恥ずかしそうに
そそくさと風呂場へ駆けていった。
「奏ちゃんはソファーのお掃除ね♪」
クルリと俺の方を振り向くと満面の笑顔で
手元に転送してきた水の入ったバケツと雑巾を渡してくる。
―――なんだか、その笑顔が非常に怖いです。
いつの間に沸かしたのか知らないけど
少し熱めにお風呂は沸かしてあった。
身を沈める湯の心地よさに思わず溜息が出る。
私達が居る時代と違わないけど私達の時代より少し新しいお風呂場。
「パパとママに私達の付き合う事を最初に報告した時の事覚えてる？」
ぼんやりと天井を見上げてる私にあさみから声がかかる。
「あの時はパパもママも恐いくらいあっさりと了承したよね」
そう、どういう形であれ拒絶をされると思って
もしダメなら２人で家を飛び出そうとまで考えてたのに………
「その時に一緒にパパが言ってた事も覚えてる？」
あさみがどこか遠くを見る様な目で
天井を見上げながら目を閉じた。
あの時パパが言った言葉、それを全部を覚えてる訳じゃない。
だけど、１つだけ気になる言葉があった
きっとそれがあさみの言っている言葉の事だと思う。
「………覚えてるよ、『２人の気持ちを２度も試す様な必要はない』ってやつだね」
あっけなく了承されてしまい、私もあさみもポカーンっとした顔をしてると
パパがそんな事を言っていたのは私もあさみも覚えている事。
あとで、パパに何度聞いてみても意味は教えてもらえなかった。
「あの言葉って………」
「さっきのパパの事を言ってたんだろうね」
私が言いかけた言葉をあさみが補完する。
私達を一瞬で圧倒した力強く冷たい瞳
嫌でも感じ取れてしまう開放された膨大な力。
現れて１日もしてない私達をどう感じてるのは解からないけど
あの時は、明らかにパパの瞳には私とあさみは娘ではなく獲物として映していた。
私達の想いを試す為にやった演技にしては
過剰すぎるのは言うまでもない事だと思う。
「いくら、パパの殺気が強烈だからって………」
私は途中まで言葉を出して詰まらす
同時に先ほどの事をもう一度思い出して赤面する。
パパから発せられた殺気により
一瞬で体は言う事を聞かずに硬直。
不自然なまでに四肢は細かに震えだし
足の付け根からおしり辺りにかけて冷たい感触が………
「………おもらしする事になるとはね」
あさみも赤面しながら私の続きを言葉にする。
ママに促されてお風呂に行かされた通り
ママは完全に私達の状況はバレていたしパパも気づいてたと思う
「「………………」」
真っ赤に染まった頬を見つめ合い
私もあさみも額まで湯に潜り込むと
ブクブクと音を立てながら溜息を吐き出した。
(2005年4月7日)
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