ぎゅうぎゅう

茜色の空が闇に包まれ始める時間帯
ホームにアナウンスが響き渡り、直後に電車が滑り込む

今日は俺達が住んでいる街から
数駅隣の巨大ショッピングモールに買い物にきた
事の発端は数日前、癒李が持ってきた一枚のチラシ
それは巨大ショッピングモールが数駅隣の街に
オープンしたと言う物だった

この頃、瞬間移動を使わないで出かける機会が減っている所為もあって
数日後の休日………つまり今日、行く事に決定となった

到着したのがお昼少し前で
先に近くにあったヤクドナルドで昼食となった
その後は新しい服を選んだりで今回も試着室で
お互い小さなファッションショーとなった
俺の場合はＴシャツを選んだだけで面白くもないと思ったが
癒李 （ゆり） としては結構楽しかったらしい










そんな感じで俺達は久しぶりの普通のお出掛けを楽しんた
あとは電車で我が家がある街まで帰るだけだ

「………混んでるね」

「時間が悪かったかもな」

俺も癒李も呆れ気味な声で話す
日本人は休日でも仕事が好きな様だ………
到着した電車は帰宅ラッシュの真っ最中だった
帰りは瞬間移動にしようかとも思ったが
乗車時間が２０分くらいってのと、たまにはって事で乗る事になった

『………こみパ並だね』

『しかも揺れるとくるからタチが悪いな』

人の流れに乗りながら、何とか離れない様に乗れた
車内の込み様は酷く立っているので精一杯なスシ詰め状態で
俺達は向かい合わせに密着した状態で乗っている
この混み様だと喋るのも辛そうだから癒李はテレパシーの回線を開きそれで会話する

『少し苦しいけど、引っ付いていられるのは嬉しいかな♪』

『まったく、楽天家と言うか前向きと言うかな』

『むぅ、 奏 （そう） ちゃんのイジワル………』

この状態でも嬉しそうな癒李に俺は苦笑してしまう
その反応を見て癒李は拗ねた様な口を利く

『………ひゃぁっ！』

いきなり癒李が目を一瞬見開くと共に
回線から悲鳴めいた声が流れてきた

『癒李、どうした !?』

『うわっ　嫌、やめ………』

表情では平静を装ってはいるが
回線から流れてくる声は明らかに動揺し怯えた感じがする

『何があった！』

『………お、お尻のところ』

俺は癒李の言ったとおりに
癒李の尻の辺りに目を向けると………

『なっ！』

人が密集している隙間から
癒李の尻を舐める様に撫で回す一本の手が見えた

『たす…け…て………き、気持ち悪いよー………』

癒李の声は嫌悪感と怯えが入り混じり
途切れ途切れで今にも泣きそうな声が回線から流れてくる

「………ぐふふふ」

その手を辿ると下品な笑いを浮かべた中年の男に辿り着いた
男は俺の視線に気づかず癒李の尻を撫で続けている

男のその様子を見た瞬間、客車の自分の足の真下の床が軋む様な音を立てて靴の形にへこむ
それと同時に癒李が感じていた嫌悪感が消えた、俺は男にはまだ手を出した訳ではない
怒り任せで解放した力と一緒に出した殺気は器用に男だけに降り注ぎ男だけを固まらせ他の客は殺気に気付きもしない
男の方は発生元の解らない強烈な殺気に顔面蒼白で背中から冷たい汗を大量に流している

床をへこませた音で乗客達が気付き車内がざわめきだす
俺は力の発動で瞳孔が縦に裂けて朱色に染まった目を閉じる
へこんでいる床は俺の靴型にへこんでいるから俺が退かない限りばれないだろう
しかし、未だに俺の殺気で固まっている男だけが乗客の目を引いている

『ありがとう、気持ち悪かったよぉ−』

癒李は男の手から逃れられて
ホッと安堵のため息をつきつつ言った

『大丈夫みたいで良かった』

良かった、確かに良かったが
少しやり過ぎた気がする
殺気で硬直させる事は出来たが
怒りでつい力を解放してしまった為
床をへこませてその音で周りの目を引いてしまった
結果としては良かったが余り目立つのは良くない

『助けてくれてありがとう………』

癒李は嬉しそうだが少し元気のない声て言う
まったく………助けるのは当然なんだから
そんな申し訳なさそうな声しなくても構わねぇのに………
でも、癒李らしくて俺はさっきまでの怒りを忘れて和んでしまう

『………後の事は私に任せて』

俺の殺気で固まっている男
コイツの後始末も俺がやっても良かったが
被害者である癒李がつけたいらしい

癒李は一呼吸してから大きく息を吸い込む

「キャー！　この人痴漢です！」

癒李は硬直している男の手首を掴んで
頭の上まで引っ張り上げると大げさに叫んだ
先程から少しずつ集まっていた男への視線が一気に増した

何気に良い演技してるなと感心しつつ俺は苦笑いしつつ
男に向けていた殺気を消してみた

男は急に重圧から解放され
まるで酸素の薄い所から解放された様に
荒い呼吸を繰り返した、その様子は更に乗客等に不信感をあおり視線は増えていく
気付いた時には遅く男は車両中の客から睨まれていた










電車のドアが開き乗客が吐き出される
その最後の方で俺達は降りた
降りた客からも降りない客からも注目を浴びながら

「どうして俺がこんな………」

「はーい、静かに警察が来るのを待とうな♪」

俺はブツクサ言っている男の左肩に
後ろから俺は右手をポンッと置いて話し掛ける
今、癒李は事情を柳川さんに連絡している所だ
もうじき、警官をつれた柳川さんがに来るだろう

「まったく、お前はあの小娘の何なんだ！」

少し興奮している男は
首だけこちらを向け睨みつけてくる
今までコイツには一言も話しかけずに
癒李と一緒に居ただけだったからな………

「………俺はアイツの彼氏だよ」

俺はドスの効いた声で男に向かって言う
癒李の事を小娘呼ばわりしやがって………

「………グダグダ喋るな、今度は殺気だけじゃ済まさねぇぞ」

俺は男の耳元でドスを効かせつつ
電車内よりかなり弱いが殺気を纏わせながら言った

それっきり男は静かになった





実はこの後、コイツの社会的制裁と同時に
俺達はへこませた電車の床と軽率な力の解放を
柳川さんにこっぴどく絞られるのだった………

―――もう、満員電車はこりごりだ




（2003年9月15日）


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