男として彼氏として
「………ん？」
平日だが、まだ登校時間までに余裕があっての
癒李
とのゆったりとした朝食中
のんびりとしたその場の空気の中に妙な違和感を感じた
天候は晴れ、気温は寒くもなく暑くもなく
違和感は周辺からではない、食卓を挟んで目の前にいる癒李からだ
若干眠たげだが普段とは違った違和感を背負った表情
しかし、それはかなり微かで俺でなければ気付かないだろう
高慢でも自惚れと言われても俺にはそれだけの自信がある
そう、俺はこの症状を見慣れているのだ
しかも、結構頻繁に
「………今日は少し早めに家出るぞ」
「え !? どうして？」
癒李はきょとんとした素振りで聞き返す
確かに、恥ずかしいから気付かれたくないのは解るが
嘘がみえみえである
「今日の体育の授業は絶対無理するなよ」
「………うっ」
癒李がとぼけるから更に遠回しに言葉を投げかける
俺が気づいたのが解ると癒李は顔全体を赤くして口の端を引きつらせた
「やっぱり、ばれちゃったの？」
―――いい加減に観念したのか
上目遣いでこちらを伺うような感じで言葉を投げかける
恥ずかしさも混じってか頬は相変わらず朱色に染まっている
「勿論」
さも当然って感じで飯を掻き込みながら応える
１０年以上の付き合いだ流石に見慣れたものだ
具体的に言ってしまえばこの症状は１月ぶりである
「痛みは？」
「細かい痛みが続くだけだよ」
「出血は？」
「いつもより、少し多めかな………」
「了解」
俺の問いかけに癒李は素直に応える
恥ずかしさで顔を更に赤面さながらモジモジしている
大体の状態を確認すると２人分の食器を持って席を立った
「あ、それくらい私がやるよ」
「そこで静かにしてろ」
癒李が席から立とうとしたのを
軽い一喝で止めると代わりに洗物をはじめる
ここまで経てばご理解頂けよう
癒李の症状はよく言う『オンナノコの日』ってやつだ
前にも記した覚えがあるが
癒李の場合、体に現れる症状は一般の女子よりは軽いらしい
細かく言うなら眠気と腹痛で、それが約一月ごとに３日〜７日程続く
しかし、軽いと言っても痛みだけである
―――ここは俺が気を使わないとな
「しっかり掴まってろよ」
「………うん」
眠気の所為だろうか癒李のテンションが低い
そんな癒李を自転車の荷台に横を向いた状態に座らせる
時間はいつもの登校時間より少し早めだ
後ろに乗せた癒李が辛くないようにする為
速度はかなり抑えていかないとダメだからな
俺がペダルに足を掛けると
背中に抱きつく感じに俺の腹の前で癒李は手を組み合わせる
横を向いて座ってる為、俺の背中には片頬を押し付ける感じになる
くすぐったいけどなんだか気持ちの良い感触が伝わってくる
「重くない？」
走り出して少し経つと癒李がふと口を開いた
口調からは俺を気遣っているのだが
視線や表情からは俺の顔色を伺っているかのようだ
「全然♪」
「………ごめんね」
「だから、余裕だっての」
元気良く応えて見せるが
癒李は謝罪の言葉を投げかける、同時に表情は曇ってきている
すぐに言葉を返すが癒李の表情は晴れなかった
俺は溜息を１つ入れると癒李に負担のかからない様に少し速度を落とした
身体面以外での症状、精神面の問題だ
情緒不安定になる所為か癒李はオドオドと
自信がなくなって周りの顔を伺いながら話しすぐに謝る
特に俺へは強く怯えてるみたいに謝りっ放しになる
普段が相当信頼されている所為か精神状態が安定しなくなると
俺に嫌われまいと躍起になる
―――俺が癒李を嫌いになる筈ないのにな
そんな事を考えていると高校の校舎が見えてきた
「であるからして………」
教室に男性教諭の声が響く、授業は英語のライティングだ
室内は無駄話もなく真面目に………かと思ったら
生徒達の大多数は今や夢の世界だ
―――道理で静かな訳だよ
半ば呆れ気味に俺の座る窓際の一番前の席からクラスを見回し終え
右隣で夢の世界からの誘惑と戦っている少女に目をやる
無論、癒李の事だ。さっきから船をこいではハッと目を覚ましたりしている
普段は居眠りをまるでしない癒李だが、生理の間は超能力の反作用もあってか強めな睡魔が襲う
そのわりに必死に起きていようとする癒李は流石だと思う
俺はこんな時すぐさま眠りの世界に旅立つだろう
「では、このセンテンスを………
山瀬
、解いてみろ」
「………………」
『眠いけど、頑張らないと。でも、眠い。でも、頑張る………』
クラスの座席表に目を向けながら英語教師から指名がかかる
だけど、本人の方は睡魔との戦いで聞こえていない、外側では虚ろな瞳で黙っている様にしか見えないが
授業前から繋ぎっ放しのテレパシー回線からは癒李の死闘の様子が流れてくる
『癒李！ 当てられてるぞ！』
『………へぇ？』
少し強めな声を回線を通して癒李に送るが
まだ、意識がはっきりしないのか反応するだけで精一杯な様だ
『当てられてるぅ？………っ！』
やっと意識が戻ったのか
目を見開いて癒李は勢い良く顔をあげる
英語教師と目が合う………
『そ、
奏
ちゃん !?』
『………落ち着け。テキストの１０３ページ７行目だ』
反応するのが精一杯だったのだから
どこを聞かれているかなど解るはずもない
回線から聞こえる動揺して狼狽しきった声に呆れが混じった声で応える
「えっと、えっと、えっと………」
『そこの訳は『彼の遺言書の重要な部分はすぐに来た』だ………』
混乱が解けないで口篭る癒李に
やや疲れが混じる笑いを込めた声でフォローを入れる
こうなる事は予想の範囲な為、その辺の抜かりはない
『奏ちゃん、ごめんね………』
俺の言った通りに応えると俺に謝罪で使われる言葉を投げる
普段なら謝罪の気持ちより感謝の気持ちが多めで明るい感じになのだが
俺に申し訳ないといった気持ちが大部分を占めていて
まるで、切羽詰っているかのように聞こえる
「………ん。じゃあ、今日はここまで」
授業終了のチャイムが鳴ると
男性教諭はテキストを閉じて次回の授業の指名者を予告すると
そのまま退場していった………
「奏ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「おう」
教諭が出て行って教室が一気に賑わいだす
先ほどまで寝ていたクラスの面々も他の生徒と雑談に講じている
俺の場合もそうだが何で授業が終る頃になると
タイマーがかかった様に目が覚めるんだろうな
―――話がそれたか
まだ少し眠たげな表情で恥ずかしそうな仕草で癒李は教室を出て行く
その用件ってのは………まぁ、なんだ………ナプキンの交換にトイレに行ってる
癒李が言うには血ってのは腐るから１、２時間ごとに交換が必要らしい
特に、出血が多い最初の数日は交換の頻度も多いらしい
『………はぁ。奏ちゃんに迷惑かけちゃったなぁ』
―――ん？
寝ぼけている所為か
微かに開いた回線から癒李の思考が流れてくる
前の時間の時はきちんと閉じてあったのに………
『えっと、鍵閉めて』
どうやら到着して個室に入ったらしい
思考が単純化してるのかわざわざ行動を頭の中で反復させてる
『これは捨てて………うわっ、これじゃあ下着ごと交換しないと………』
「………………」
何となく想像してしまった
クラスの面々から視線が突き刺さる
どうやら、耳まで真っ赤になっているらしい
クラス中から怪訝な顔で見られている
―――痛い事この上ないって
その後、トイレから戻った癒李が
真っ赤な顔をしている俺を見て本気で心配されてしまった
情緒不安定で普段の俺に対しての心配性はかなり強化されてたりする
「大丈夫か？」
「うん、随分楽になってきたからね」
片付けを終えた癒李に俺は声を掛けた
夕食の準備片付け共に俺がやろうとしたのだが
癒李がなんとしても自分でやると聞かなくて
結局、癒李の仕事を見ていることしか出来なかった
「お疲れ様」
「そ、奏ちゃん」
労いとご褒美を兼ねて俺は後ろから癒李を抱きしめた
癒李はそんな俺に狼狽した声で名を呼んだ
それは急に抱きつかれた事だけではない様だ
「どうした？」
いつもなら一瞬驚いた後は体を預けてくるのに
まだ狼狽し続けてる癒李に俺は途惑いつつ声を掛けた
―――何か体に障ったのだろうか、それなら謝らないと
「ううん、肌荒れちゃってるからあんまり近くで見られると………」
恥ずかしそうに頬を染めると
視線を下に向けてしまう
「そんなこと気にするなって」
癒李の行動かどうも愛らしくなってしまって
更に強く、だけど優しく抱きしめた
眠そうな顔が更にトロンとして今度こそ体を預けてきた
「ありがとう………んっ」
やっと、今日最初の楽しそうな声が聞けたと思ったら
一瞬、表情を濁らす。まだ、少し強めな痛みがきたらしい
「ここに座って」
「わっ………」
癒李を開いた両足の間に置いてソファーに座り込む
それから、痛むへその少し下を優しく擦る
癒李は目を閉じて体の力を抜くと静かになる
やってる事は少し官能的だが癒李がこの状態な為、迫ってくる事はない
自然と苦笑いが漏れた………
結局、擦ってあげてるうちに癒李は眠ってしまった
俺は眠れる姫君を優しく抱き上げるとベッドへ運ぶのだった
掲載日（2003年11月14日）
最新修正日（2003年11月17日）
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