力に溺れ　　　または『癒李のダイエット作戦　〜きっかけ〜』

「 奏 （そう） ちゃん、次の巻とってぇー」

パソコンの画面に向かっている俺に
ベッドの上でうつ伏せに寝転がりながら
癒李 （ゆり） は言葉を投げかけた

癒李の居るベッドは窓際、読んでいた漫画は
窓の反対側の壁接して置いてある本棚にあり
その横にはパソコンデスクがある
つまり、位置的に一番俺が近いのである

「悪い、ちょっと手が離せなさそうだ」

癒李には悪いのだが、俺の方は ＲＯ （ラグナロクオンライン）
でゲーム内の知り合い達と高レベルダンジョンに潜っている最中
一瞬でも席を離れようものなら全滅しそうな状況だ

流石に癒李の頼みを聞ける余裕はない

「………わかったぁー」

自分よりゲームを取った俺に気分を悪くしたのか
少しふくれっ面で不満げに返事をする

シュッという微音と共に手元の本は本棚の元の場所へ転送され
同時にその次の巻が癒李の手に握られていた

「さて………ってもうこんな時間 !?」

手にした漫画を読もうとして
ふと枕もとにあるデジタル式の目覚まし時計に目が向く

俺も癒李の慌てた感じの声につられ腕時計に視線を向ける
いつも通りなら夕飯を作っている時間だ

『夕ご飯つくってるね、出来たら呼ぶからぁー』

テレパシーが届く頃には
読もうと思っていた漫画も本棚に戻してあり
本人の姿もベッドの上になかった
確認してないけど瞬間移動の微音が聞こえたから
それで台所にでも飛んだののだろう

『必要なら手伝うぞ？』

まだ開いている回線を通して話しかける
狩りの途中の仲間には悪いが癒李の手伝いって言えば
仲間の方も癒李のキャラや俺との関連とかしってるから
許してくれると思う

だけど、決まって家事してる時の癒李って………

『ううん、大丈夫だよ』

こう俺の手を煩わせまいと断る
本当に切羽詰ってたりする時は頼ってくれるから
まぁ、大丈夫なんだろう

「ふぅ………ゲッ！」

１つ大きく息を吐き
ＰＣの画面に目をやると、俺のキャラは勿論の事
パーティーは半壊状態に陥っていた
癒李の方に気を向けすぎてたみたいだな………










山瀬癒李は超能力者である

その力は 瞬間移動 （テレポート） 、 念動力 （テレキネシス） 、 念話 （テレパシー） をもち
これに対し副作用的なものは、数日間の能力の消滅がある程度だった

―――しかし、能力の使用は着々と彼女を蝕んでいたのである










それは数日後の夕刻にて姿を見せた

『―――！』

自室のベッドに横になりのんびりとしてた時
癒李の声にならない悲鳴………愕然とした感情が流れ込んできた
感情の大きさ強さに俺は一瞬ビクッと体が震えた

俺は癒李の身に何か起こったのだろうと瞬時に感じ取り
自室を飛び出すと階段を一気に駆け下りた

「癒李！」

『奏ちゃん、来ないで！』

俺は居間に飛び込むもそこには居なかった
そして、テレパシーで俺の来るのを拒む癒李の声が聞こえた
拒みようがさっき流れてきた感情は危機的ものを感じた、放ってはおけない

玄関には癒李のスニーカーがあることから外ではないだろう
―――いつも洗濯物を干している縁側から出られる、そんなに広くはない庭
―――時々、ふにゃにゃ化して気がつくと癒李に膝枕されていた和室
他にも数部屋覗くもどこにも居らず
一旦居間へと俺は戻ってきた
ソファーに腰掛け心を落ち着け周囲の気配を調べる

―――居た

風呂の脱衣所から人の気配がする
きっと………っと言うか間違いなく癒李だろう

俺はゆっくり脱衣所の前で立ち止まる
ドアは閉めてあり気配は癒李だけ
誰かに襲われたりした訳ではないみたいだ

まぁ、襲われる事があったら癒李の超能力で返り討ちにあっているだろうが

「癒李、大丈夫か？」

来るなと言われてる分、慎重というか優しく声をかける
何がおきたか知らないが拒まれてはどうすればいいか俺には解らない

普段から拒まれることが少なかった所為だろうか

「うん、大丈夫………」

微妙に弱々しく呟く様な声
俺は癒李の許可も取らずに
廊下と脱衣所とを隔てるドアを開けた

癒李はバスタオルを体に巻きつけた状態で
脱衣所の床に先程の声と同様に弱々しく座り込んでいた
その姿に思わずドキリとしてしまう自分が情けない

「………何があった？」

俺はバスタオルに包まれた癒李の体を抱きしめ
右手で背中を左手で後頭部を支え癒李の頭を左肩に担ぐ感じで
更に耳元に顔を近づけ癒李が落ち着いてくれるように優しく囁く

「………………」

癒李は無言で脱衣所の一点を指差した
その指先を俺の視線が追う

そして、その先にそれはあった………

―――体重計が

「………３ｋｇも太っちゃったよぅ」

思いっきりこけそうになるも
癒李を抱きしめているためそれを踏みとどまる

「はぁ？」

俺の体を脱力感が一気に襲う
そりゃまぁ女の子にとって体重と云々は死活問題だろうが
あれだけ悲痛な感情を流し込まれてかなり心配したのに
オチがこれでは脱力もしたくなる

「このところ乗ってなかったから久しぶりに測ったら………」

泣きそうな………っと言うか泣く寸前の声な癒李

「久しぶりって前に測ったのは？」

「………大体一月前」

俺は本人に気づかれないように癒李の体を軽く見回してみる
特に、思い切った変化はないし、このままで全然大丈夫だと思うが
１ヶ月で３ｋｇだと成長だけで増えたって風に諭すのはちょっと無理があるよなぁ

「私、決めたよ！」

「な、何をだ？」

俺がかける言葉を考えようと焦っていると
癒李が妙に力強く言葉を吐いた
それはまるで俺への不意打ちのようなタイミングで
俺は狼狽したような声しか出せなかった

「ダイエット作戦実行だよ！」

俺はこのとき癒李の瞳の中に燃え盛る炎を見た気がした




掲載日（2004年7月12日）


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